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「さてはおぬし、火炎の一味か・・・?」
というと、映画か漫画のセリフみたいに聞こえませんか。

・・・

聞こえませんね。

すみません。

このタイトルは、今日の画像の土器を見たときの、

調査員のもった印象を文字にしたものです。

まだ同一個体の破片が集まった状態に過ぎませんが、

この土器、エイの頭のような突起が4つ取り付けられたもののようです。

そこだけ出っ張るというより、王冠型のような、

大きな波状口縁の頂点に、エイ頭の突起がつくようです。

その下には見たことがあるようなグルグルがあり、

これが火炎土器様式の仲間のように見えるのです。

火炎土器様式という言い方は聞きなれないかもしれませんね。

僕もそうです。

書物によると、火焔型土器や王冠型土器を含む、より大きなカテゴリーのことです。

いいかえると、火焔型土器や王冠型土器はそのグループの構成員であって、ほかにも名もなき構成員がいることを暗示しています。

そうだとすれば、火炎であって火焔でない、そんな言い方もありえることになります。

で、今回の土器が、そういう言い方の当てはまる土器なのかどうか。

そこで上記のセリフが出てくるのです。

「さてはおぬ・・・」

もういいですか、、はい。

もし接合しそうな破片がまだまだ探し出せれば、また検討して、お見せしたいと思います。

(2013年11月29日)

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埋戻し完了
先週、埋戻しが終わりました。

住居を埋め戻すとき、作業員さんに訊かれました。

「ここ埋めていいやんかい」

作業工程的には埋めて当然なのですが、最後となると、やはり何か感じるものです。

それは調査員も同じです。

「もう見納めだけど、、名残惜しくなければ・・・」

と答えました。

重機を片付ける際、管理支援をしてくれた会社の方がみえてました。

長々とお付き合いいただいたこと、御礼を申し上げました。

元通りの平らになった調査区。

いまは土がむき出しですが、来年の春には草むらに返ります。

(2013年11月25日)

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土嚢詰め
今日は遺構への土嚢詰めが終わりました。

詰めた土嚢の数、3000個をゆうに超えたそうです。

ご苦労様でした。

明日はいよいよブルドーザー等による埋め戻しです。

3年間お世話になった作業員さんたちと、最後の挨拶。

ありがとうございました。

心より感謝。

(2013年11月21日)

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埋戻し
今日は016竪穴住居跡に残した畦の断面記録の修正をしました。

埋め戻し作業に追われ、焦りながらもなんとか終えることが出来ました。

016の断面をあらためて見ていると、いろいろなことを思い出し、

あーしておけばよかったかな、こうしておけばよかったかなと、

ひとり反省モードになってしまいました。

でもこの調査、全体としてはうまくいったと自負しています。

もう、本当に、あとは埋めるだけ。

最後までしっかりやり遂げたいと思います。

(2013年11月20日)

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朝霧
「今日の掘削で、最後かな」

そう思いながら笹山遺跡へ向かいました。

車で笹山線の坂を上ると、視界が霧に包まれました。

東の山の上からは太陽が。

車を降りて、その情景にしばし呆然としました。

一瞬、誰かの呼ぶ声を聞いたような気がしました。

でも、どの方向からなのか、見当が付きませんでした。

ずっと後ろの方からだったような、

あるいはもっと向こうからだったような。

足元を見ると、朝露でぬれた芝の上を歩いたせいでしょう、

靴が濡れていました。



(2013年11月19日)

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016竪穴住居跡の炉をよく見ると
しばらく現場をお休みしておりました。

今日も天気予報は思わしくありませんでしたが、調査開始。

残された作業は残りわずかです。

016の炉跡、013の畦の下の穴、052炉跡。

作業員さんの奮闘により、いずれも終了しました。

以前、「掘ってみなければわからない」ということを書きましたが、

今日の発掘でも再び同じような感想を持ちました。

まずは016の炉跡(画像)。

炉の周囲に囲う石がないのかなと思っていましたが、

まだ手を付けてなかった部分を掘ってみると、かつて石を埋めていた痕跡がありました。

その痕跡は、長方形ないし長楕円形の3方向にはあり、一端だけありませんでした(向かって左)。

「コ」字形といえば分かりやすいかもしれません。

015でも022でも同じ形でしたので、その一味、ということになるのでしょう。

石そのものが残っていないのは、流されてしまったか抜き取られたからだろうと推測できます。

ですが、綺麗さっぱり全部ないとなれば、抜き取られた可能性を考えます。

近くにあるほかの竪穴住居跡の炉石が残っていることからみてもその可能性の方が高いといえるでしょう。

次に013の底面にあった穴の掘削を行いました。

何の穴だろうと不思議に思っていましたが、掘ってみると案外浅く、とりわけ見るべき点がありませんでした。

拍子抜けです。

それから052炉跡の炉体土器の取り上げをしました。

「底がない」と言われていましたが、掘ってみたらちゃんとありました。

器形が細長いせいで、最初掘った時にはその深さに気が付けなかったのですね。

取り上げてみると、もうバラバラになってしまいました。

土の付いた状態なのではっきりしたことは分かりませんが、無文か縄文のようでした。

これを復元してお見せできるのは、、、もう少し先になりそうです。



(2013年11月18日)

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今日も雪
朝から雪や雨の予報で、発掘はしませんでした。

長期予報ではここしばらくの辛抱が必要なようですが、

終盤での天候不順は好ましいとは言えません。

埋め戻す土は、湿るとベチャベチャしてしまって、

うまく扱えないからです。

かといって土をカラッと乾かしてくれるような天気は望めない・・・

困ったものです。

(2013年11月12日)

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雪の日の時
今日は笹山縄文館の工事の関係で発掘作業はしませんでした。

寒い日だなと思っていたら、午後から雪が降ってきました。

現場は真っ白です。

なんともいい風情・・・

いやいや、もし積もったらエライことになります。

せめて、調査が終わるまで、なんとか・・

今度こそテルテル坊主が必要そうです。

外で雪の降る中、地域の方としばし歓談しました。

遺跡について話すうち、いつしか話題は新グッズのことに。

どんぐりの置物、胡桃のストラップ、火焔街道双六、触れる土器展示、、、アイディアがあふれてらっしゃる。

心強い。

雪は降り始めましたが、植える種は用意できているようです。

(2013年11月11日)

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高所撮影完了
今日は心配された雨が、心配した通りに降りました。

テルテル坊主を作り忘れたのがいけなかったのでしょう。

小雨でしたし、工程的に土日を挟む訳にもいかないので、撮影を決行しました。

高所作業車を降りてから、思い出したようにスマートフォンでパチリ(画像)

いい眺めです。

残る作業は013のベルト外し、その下にある柱穴跡の掘削、測量くらいでしょうか。

まだ気は抜けませんが、一瞬、肩の荷が軽くなったような気がしました。

その分、これから12月の速報展に向けて準備を本格化させていきます。

今年の主役は・・・アレですかね、やはり。

(2013年11月07日)

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055竪穴住居跡の発見
今日は、明日、高所作業車から撮影するので、

その準備のため、掃除をしていました。

その掃除の中、細かい石で囲われた053石囲炉跡の周りで、ナント!


柱穴跡が発見されました。


以前から「柱穴がない」と断じ、心底不思議がっていた石囲炉跡。

ボランティアの方が来ていただいた時も「これは柱穴?」と訊かれて

「違うんじゃないかな」などとお答えしていたのですが、どうやら・・・

間違いでした。

それが柱穴跡でした。ヨシフミさん、すみませんでした!

穴を埋めている土(埋土)のなかの炭化物を目安にして土を下へ追いかけていくと、

底はもっと深く、その時思っていた深さの倍ほどもありました。

その穴が柱穴跡とわかると、目が慣れてくるといいますか、同じような土の埋土が柱穴跡として見えるようになってきます。

その後、立て続けに数基見つかり、掘ってみるとやはり柱穴跡。

石囲炉跡を中心にちゃんと並んでいました。

予想される柱穴跡のうち2つは016竪穴住居跡の埋土の掘削の際、

気付かないまま「サヨナラ」してしまいましたが、

それでもほかの柱穴跡はしっかり掘削できました。

竪穴の掘り込みが検出できなかったことは残念でしたが、

今振り返ってみても、それは難しかっただろうと思います。

下に016竪穴住居跡、上に013という厄介な遺構が重複して、

それぞれと互いに切りあっていたからです。

・・・と、言い訳させてください(涙)

それはともかく、ちゃんとした竪穴住居跡だということが分かってよかったです。

あすの撮影にも間に合いました。

ただひとつ、早朝に雨が降るという予報が心配です。

テルテル坊主をつくってお祈りしなくちゃ。

(2013年11月06日)

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015竪穴住居跡の出入口
測量の都合があって、

今日は久しぶりに015竪穴住居跡にかかわりました。

床面にあけられていた各種の穴をじっくり見ていたら、

竪穴住居の出入口付近にあけられていた穴に目が留まりました。

そもそもなぜ出入口に穴があるのかも不思議なのですが、

それに加えて、穴の下のほうに石がたくさん、敷き詰めたかのように入っていたのです。

丸っこい形の、亜円礫(あえんれき)です。

これは、もしかすると意図的に埋めたのかもしれない・・・

そう思って、測量士さんに綿密に測量してもらってから、取り上げてみました。

するとどうでしょう

その下からも亜円礫が・・・しかも周りの土が砂っぽい。

どうも下層にあった砂礫層に当たっていたようでした。

敷き詰めたようになっていたのは、おそらく縄文人が穴を掘っていたときに砂礫層にあたり、

沢山上がってきた亜円礫をあとから放り込んだのではないでしょうか。

この遺構は、果たして亜円礫を構成要素に含めるべきなのか、そうでないのか。

悩ましいところです。

(2013年11月05日)

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016も佳境
016竪穴住居跡の掘削が佳境に入りました。

畦(ベルト)を除けば、掘り終わりそうです。

柱穴跡は、015竪穴住居跡のそれと同様、主柱穴跡(しゅちゅうけつあと)の両側に副柱穴跡が。

出土している土器も同じ時期のものでした。

この構造は、015に限った特殊事情ではないようです。

他方、炉跡はというと、015とは異なり、炉石がありません。

全体の掘り込みはあるのですが、炉石がないのです。

炉石を埋め込んでいた跡すらありませんので、最初から無いということになります。

また、022のような土器敷きもありません。

ナゼでしょうか。

わかりません。

次々に掘りあがる柱穴跡を観察しながら、頭の中は「???」ばかりが浮かんでいました。

(2013年11月01日)

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