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水沢の石場かち

《文化財の現状》

 建築基準法(昭和25年法律201号、昭和27年4月1日施行)の定めより、全国各地にあった伝統的な家屋の土固めの方法である石場かちは姿を消してしまった。
こうした方法や作業に伴う伝統的風俗習慣や労働唄は次第に忘れ去られている現状である。

十日町市内でも同様な状況であるが、水沢地区ではこの現状に対し、昭和47年「水沢石場かち保存会」を組織し、郷土芸能として石場かちの保存伝承に努めてきた。
その後、平成8年には水沢地区伝統芸能保存会に組織を改編し、石場かちの棟梁を務めたことのある経験者で、水沢地区新宮に在住の元大工棟梁、宮沢吉平翁の指導を受け、往時の風習を受け継ぎながら石場かち作業と唄の継承と保存・普及に努めている。

《文化財の由来と概要》

「石場かち」とは、建築する時の地搗き作業、地固めの作業をいう。

昔は家を建てる時、土台となる石(石場石)の上に柱を立てたが、その石場石を搗き込む石場から作業に賑やかに唄われたのが石場かち唄で、陽気な労働唄である。

 石場石を搗き込む道具をドーヅキと言うが、直径50センチ、高さ約2.5メートルの松又は欅の丸太に井桁のように根取り木(舵取り)を付け、上下の端からツキワナを四方にとってある。ドーヅキの頭頂には幣束、榊、鉋の削り葉をつける。
 
ツキナワには村中の老若男女がすがり、音頭取りの朗々と唄い上げる石場かち唄で、力をそろえて搗き込む。根取り木につかまってドーヅキを持ち上げ、石場石を搗き込む役は、威勢のいい若者たちで、根取りと呼ばれ、舵取りの役目をする。
 
なお、石場かちの手順や内容について、「宮沢翁の指導」として聞き取り内容をまとめ資料として、再現ビデオとともに添付されている。
 
現場はめでたい普請場であるから、ふんだんに酒も振舞われ、即興的な唄であることも多かった。なお、石場かちの始まる前と後には、石場かち唄を挟んで祝い唄の天神囃子も唄われた。