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笹山日記

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016床面のちょっと上
毎日掘削が続く016竪穴住居跡も、残すところあと僅かとなりつつあります。

そんななか、永年保存となりそうな畦に食い込む形で、土器が発見されました。

しかも、いくつかの個体が折り重なっているようでした。

ざっと見た感じでは3個体。

いずれも大きそうです。

床面から数センチ上ではありますが、ほぼ直上といっていいので、

この016の使用時期にかなり近い時期のものと推測できます。

ただ、残念ながらこの土器、3個体全てが縄文のみの施文(せもん)。

これではなかなか時期判定に使いづらい。

また、3分の1くらいが保存用の畦にめり込んでいるので、

全部取り上げるのは不可能です。

また、部分的に取り上げても、残りがあると分かっている状態で復元に臨めるでしょうか。

「どうしますか」

清掃して、きれいに洗浄してくれた作業員さんに訊かれました。

「う〜〜〜ん」

どうやら、、苦渋の決断をしなければならないようです。

(2013年10月31日)

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水曜でも火焔
月曜日にも火焔が出てきましたが、水曜日も火焔が出てきました。

火曜日に出てこないのはナゼ。

それはそうと、この火焔、いわずもがなの鶏頭冠突起の部分です。

裏を返してみると、かなり横長でした。

鶏頭冠突起は、約500年間の火焔の存在期間のなかでも、

遅い時期のほうが縦が長い傾向があるとされています。

ですから、水曜日に出土したこの鶏頭冠突起は、

比較的早い時期のものということになるでしょうか。

出土した場所は調査区の東の壁のあたり。

みんなで掘る笹山遺跡のときに、O沢さんが発見した鶏頭冠突起のすぐ近くでした。

残念ながら別個体だと思われますが、

どうも、この辺は火焔にまつわる部品が多いような気がします。

(2013年10月30日)

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検討会議
引き続き016竪穴住居跡の掘削が続いています。

遺物が多くてなかなか進みが悪いです。

調査期間の延長が必要のようです。


さて、作業終了後、笹山縄文館1階の展示室が騒がしい。

何かと思ってのぞいてみると、作業員さんたちが集まって、

展示パネルを前で話が弾んでいる様子。

聞き耳を立ててみました。

「あの土器はこの一部だろっか」

「いやあ、ちっと違うんでねーろっか」

「あの石囲炉も石がたくさん入ってたけど、これとはちっと違うみてーだな」

「そうやんねえ」

展示パネルの内容は、笹山遺跡の昔の調査についての写真と解説です。

今みなさんが掘っている場所が昔のそれとどう違うのか、気になるんですね。

検討の結果、何かわかったら教えてください。

調査員も気になってるんです。

(2013年10月29日)

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月曜でも火焔
調査区の南のキワで、火焔が出土しました。

比較的まとまって出てくることは稀です。

まだ泥まみれなので、どんなものかは分かっていませんが、

画像をよ〜くみると、火焔に特有の鋸歯状口縁がみえます(わかりますか?)。

口縁の内側には炭化物がべったりと付着しており、

煮炊きに使ったことは確実です。

皆さんに全体をお見せできるのは・・速報展のときになるでしょうか。

速報展は12月の半ばくらいからの予定です。


そうそう、今日はもうひとつ、火炎の発見が。

洗い作業のほうで、不思議な突起部が見つかりました。

鶏頭冠ではありません。

「火焔」ではなく、「火炎」としたのはそのためです。

どんなものかいち早く皆さんにお見せしたくて、アップしようとしたら、

3階にいる作業員さんに止められました。

「なんでもかんでもアップしすぎですよ」

う・・・

なるほど。。そうかも。

というわけで、この手元にある不思議な突起部は速報展でのお楽しみということで、

皆さんのご来館をお待ちしております。

(2013年10月28日)

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ナニコレ珍土製品
今日は午前中はなんとか出来たものの、午後は雨。

016竪穴住居跡の南側の壁がはっきり見えてきて、ベッド状遺構のおおよその範囲が判明したところで、終わってしまいました。

整理室に戻ると、かごの中に変な遺物が。

まさにナニコレ。

何かを模しているのか、そうではないのか。

それさえも分かりません。

うーん。

だれぞ、類例があればこっそり教えて下さい。

(2013年10月25日)

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曇りのち曇り
朝から雨が降っていたので、発掘作業は中止。

昨日は東京からボランティアの方が1名みえて、

016竪穴住居跡の埋土掘削をしていただきました。

ありがとうございました。

016は毎日少しずつ進展があり、昨日は炉跡が見つかりました。

まだ中を殆ど掘っていないのですが、表面の形は長い楕円形で、石囲いが無いようです。

今後が楽しみです。

それはそうと、そのボランティアさんから、土器を二つ頂戴しました。

小ぶりの、ちょうど子供用のお茶碗くらいの大きさの土器です。

まだ焼かれていません。

今度の「やきもち焼きの土器焼き会」用です。

浮き立つ腕骨文。美しいです。

この文様は、栃倉II式、でしょうか。塔ヶ崎の血をひくスタイルです。

感謝。

(2013年10月24日)

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試料採取
今日はパリノ・サーヴェイからお客様がいらっしゃいました。

竪穴住居跡の石囲炉跡と柱穴跡から試料を採取するためです。

私たちが通常使うシリョウには、そう、3種類あります。

 資料
 史料
 試料

考古学シリョウというときは、資料を使います。
古文書などの文献は史料。
そして、自然科学におけるいわゆる「サンプル」を試料といいます。

今日採取したシリョウは自然科学分析用のサンプルということです。

石囲炉跡からは、おもに炭化物を採取していただきました。

これは、年代測定や樹種同定に使います。

いつ、どんな樹木が燃やされたかがわかります。

それと、そこからその住居跡がいつ使われていたものかを推定できます。

竪穴住居跡の床面では昨年度、矢羽根状沈線を施したいわゆる「塔ヶ崎類型群」という土器が出土していました。

これは火焔土器期の終末ないし直後に出現する土器とみなされていますので、年代測定の結果として期待されるのは「約4,800年前」以後の値です。

さてどうなるでしょうか。

結果が待ち遠しいです。



ところで昨日、見附市さんから耳取遺跡の現地説明会の案内が届きました。

10月27日だそうです。

縄文時代後期前葉の三十稲葉式土器期の竪穴住居跡が35基発見されているとか。

これはすごいですね。

◆お問い合わせ◆
みつけ伝承館 見附市学校町2-7-9 電話:0258-63-5557

(2013年10月23日)

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ベルトの中に食い込んでいた土器
10月1日に紹介した土器がいま、

縄文館の整理室で接合作業中です。

この土器は、一括して取り上げた時には既に多くの破片が失われていました。

それは昨年度の発掘の時に、先に取り上げてしまっていたからです。

そうして散在した資料を、現在、作業員さんが記憶を頼りに集めているところです。

結構見つかっているようです。

簡単なことではありません。

なにせ昨年度から継続している場所(トレンチ内)なので、

今年度のコンテナだけを見ていては絶対に見つけることができないのです。

作業員さんの記憶力に脱帽です。

あらためてこの土器見ても、やはり大きいです。

口唇部(一番上の縁の部分)の推定直径は38センチとのことでした。

大きいだけに破片も数も多く、探すのは大変。

見つけるだけ見つけたら、復元に入りたいところですが、

さて、、どうなるか。 楽しみです。

(2013年10月22日)

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遺跡・遺構の3D計測
高所撮影と現地説明会という2つのイベントが終了し、残すところあとわずか。

今日は遺跡・遺構の3D計測を行いました。

行ったといっても、調査員がやったのではなく、

専門の業者さんにやってもらいました。

3D計測というのは、要するに3Dスキャンみたいなものです。

一定範囲に無数の測点をとって対象地形の全体を網羅的に計測する技術です。

最近急速に発展している3Dプリンターというものがありますが、

このプリンティングに欠かせない工程、技術ということもできます。

遺跡での測量は、普通、特定の測点だけとって、あとはそれらを目分量で繋ぐということが行われています。

しかし、特定の測点がどういう基準で選ばれたのかは調査担当者にゆだねられているため再現性がないという問題があり、

また作業的にも時間がかかります。

3D計測のすごさは、とりあえず取れるだけの測点をとっておいてデータ保存し、

あとからいくらでも検討できるという点にあります。

これならデータを見た人によって遺構の見分け方の判断基準が異なったりしても、

それらを比較することさえできるようになります。

また、3Dプリンターにデータを流せば、自由な縮尺(もちろん限界あります)でプリントアウトできたりします。

なんて便利なんでしょう。


ただし、欠点もあります。

上の画像にあるような機械を使うのですが、

当然ながら、この機械の「目」の届く範囲しか測れないということです。

例えば住居跡の柱穴跡の底のほうはほぼ計測不能です。

機械が真下に向かないからです。

また、石囲いや石組みが複雑な炉跡となると、

その「目」を行き届かせるために何度も機械点を移動しなくてはならず、

大変時間のかかる作業となってしまいます。

とはいっても、そのデータの利・活用の潜在的可能性を考えれば、大きな問題とは言えません。

今日はそんな3D計測の可能性についてあれこれ考えを巡らせながら、作業を眺めていました。

夢が膨らみます。

(2013年10月21日)

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やきもち焼きの土器焼き会
博物館トップページが不調のため、こちらで告知いたします。

中条地区の有志のご協力のもと、下記のイベントを開催します。どうぞご参加下さい。

「やきもち焼きの土器焼き会」

◆日時 平成25年11月2日(土曜日)10時〜16時

◆場所 笹山遺跡広場(十日町市中条乙3081番地ほか)

◆内容
笹山遺跡の復元住居内で小沢先生作の火焔型土器(国宝No.11模倣)やミニチュア土器などを焼きます。
火焔型土器が火焔に包まれ、焼きあがるまでを眺めながら、いろんなものを焼いて食します。

◆参加要件
餅、マシュマロ、芋・・・昔の写真など・・・各人焼きたいものをお持ち下さい。薪も歓迎します。

◆参加無料、予約不要

◆小雨決行

<お問合せ>
十日町市博物館阿部までお電話下さい。
電話:025-757-5531

(2013年10月19日)

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第10次調査現地説明会を開催しました
今日は薄曇りの天気。

遺跡を見るには最良の条件でした。

発掘調査でもそうですが、

今日の現地説明会でも同じこと。

天気に恵まれたと思います。

昨年度に引き続いて調査した竪穴住居跡2基に加え、今年の2基と石囲炉跡1基がメイン。

遺物類のなかでは、

精巧さと可愛いさを兼ね備えているミニチュア土器がたいへん人気を集めました。

土器は12月開催の成果速報展に向けて鋭意整理中です。

乞うご期待。

お客様から美味しそうな差し入れ等をいただきました。多謝。

追記:日ごろ共に働いている作業員さんと測量士さん、それと「みんなで掘る〜」の講師の先生がボランティアでお手伝いに来てくださいました。かなり大変だったと思います。お蔭様で滞りなく運営できました。ありがとうございました。

(2013年10月19日)

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掘ってみなけりゃわからない
現地説明会の準備の一環で、掘り残していた炉跡の掘削をしました。

小石で囲っただけの、簡素な炉跡。

周囲に柱穴跡もないし、正直言ってあまり期待していませんでした。

それで手を付けるのが遅くなっていたのが失敗。

今日になってやっと重い腰を上げて掘ってみると・・・

なんと、かなり立派な作りなことが判明。

小石は内部まで重ねて組まれているし、

しかも真ん中には炉体土器

・・・なんということ。

現場では何が起こるかわかりません。

先験的に判断し、しかも侮ってはいけなかったのです。

ともあれ、明日の現地説明会に皆さんにお見せできることは、不幸中の幸い。

明日は午前中は大丈夫そうですので、説明会は予定通り行います。

皆さんのお越しをお待ちしています。

(2013年10月18日)

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高所撮影準備
明日の、高所作業車からの撮影に備えて

ベルトコンベアの撤去と清掃を行いました。

発掘調査における清掃とは、箒で掃いたり雑巾で拭いたりすることではなく、

表面の汚れた土やこぼれた土を取り除くことを指します。

調査では土壌と地層が生命線。

これらがほかの土の汚染されていたのでは、

せっかく掘った遺跡も正確に見ることができません。

だから清掃は発掘調査における要ともいえる作業なのです。

さて、今日は帰り際、お月さんが綺麗に浮かんでいました。

一日の調査が終わって帰るころには、もうこんななんですね。

季節の移ろいを感じながら、遺跡をあとにしました。

(2013年10月17日)

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現地説明会準備
今日は朝から大雨。

台風26号の影響です。

当然発掘現場はお休み。

遺物洗いと整理作業だけが淡々と行われていました。

現地説明会の準備も、室内でできるものを行いました。

そのなかで、当日の展示品の選定が行われていました。

選定と言っても、1万点を超える出土遺物はまだほとんどが洗ってません。

つまり土にまみれています。

だから、発掘のときの記憶を頼りに、良いものが出た日の箱を開けてみたり、

「こういうのがあったらな」という思いで、該当しそうなものを探したり。

そういう意味では「選定」というより「探索」がメインとなっています。

そのなかで、前にボランティアさんが発掘して発見し、そして別のボランティアさんが箱から探し出せなかった土偶が今日、

やっと見つかりました!

やったあ!

それが今日の一枚(画像)です。

カッパ形土偶です。

どういう風にカッパかは上を見ればわかります。

「おおお・・・おおお・・・?」

誰もがそう思います。

なぜかというと、




・・・。




お・し・え・ま・せん!



現地説明会に来た人だけのお楽しみなのです。

ふふふ。

皆さんのお越しをお待ちしています。

(2013年10月16日)

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未焼成土器の隣りの土器
先日紹介した未焼成土器。

017という遺構(?)の中に落ちていたのですが、

いかんせん文様がなく時期が分かりませんでした。

ただ、今日になって遺構の底面まで掘り下げて、

だいたい同じ高さにある土器の様子が分かりました(底面出土ではありません)。

頸部が無文で、その下に沈線を巡らせて区画して、その下にも沈線で文様を描き、間に縄文を充填するものです。

縄文の代わりに矢羽根状沈線を施すものについてはここでも再三取り上げてきましたが、

今日の土器は、縄文です。

未焼成土器の直接の年代はわかりません。

でも近くの土器から間接的に推測することはできるというものです。

上記の土器は火焔型土器と同時期に存在していた土器といわれています。





(2013年10月15日)

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目から鱗
今日は笹山遺跡の発掘状況を外部識者に見ていただきました。

015竪穴住居跡や022竪穴住居跡についても見ていただきました。

このなかでベッド状遺構や石囲炉、多数並ぶ柱穴跡を備えた022については

「標識的な資料」とのご意見をいただきました。

なんでも、石囲炉の一端の石がないのは、偶然ではなく、意図的なのだとか。

それだったのか。

また、昨日出土した未焼成土器についても様々なご意見をいただきました。

ひとりでは分からなくても、多くの方に見ていただくことで、新しい発見に巡り合えることがあります。

心より感謝です。

(2013年10月11日)

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未焼成粘土と未焼成土器
017竪穴住居跡の埋土中部から面白いものが発見されました。

未焼成土器です。

なんと、土器として成形されているのに、まだ焼かれていないのです。

色はベージュ色。

焼かれていないので、大変もろく、

発掘用具が当たると簡単に削れてしまいます。

この未焼成土器の横からは、セットで置いたかのように未焼成粘土も発見されました。

驚いたことに、ほとんど同じ土でした。

とりあえず適切な保存方法が分からなかったため、

いったん土の中に戻して、明日再検討することにしました。

毎日色んなものが出てくるものだなと、

今更ながら感心してしまいました。

(2013年10月10日)

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017土坑
017を紹介するのは初めてかと思います。

今日は016を切っていた土坑の掘削を集中的に行いました。

あ、「切っていた」とは、当該遺構がほかの遺構と一部重なって、

あとから作られたことを示す業界用語です。

逆に、先に作られていた遺構はあから作られた遺構によって「切られた」ということになります。

この用語と用語の理解とによって現場での作業が格段に効率化していたということを、十日町市にきて初めて知りました。

さて、017の埋土掘削は、016の埋土掘削と同じく非常に大変です。

遺物が多すぎるからです。

当初「お宝お宝」と口癖のように呟いていた作業員さんも、

ここに入るようになってからその言葉をあまり口にしなくなりました。

何事もほどほどがいい、ということでしょうか。

画像の土器は016の埋土から出土した土器です。

内湾する上部、くびれる無文の頸部、そして沈線と縄文とで構成される胴部、火焔から火焔直後期の土器です。

最近はこのタイプばかりで若干食傷気味。

そろそろ他のもの欲しい、今日この頃です。

でも、包含層の破片ばかりを掘っている場所の作業員さんたちからは、

依然として「おおおお!」という歓声。

最近は、僕が記録撮影した後は「みんなの撮影タイム」という認識が広がっていて、

撮影作業はなんだか微笑ましい時間になりつつあります。

今日は群馬県、埼玉県、東京都から計5名もの方がボランティアで来てくれました。

現場もそろそろ終盤を迎えつつあり、大忙しですから、大助かりでした。

ありがとうございました!

(2013年10月09日)

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国宝 火焔型土器 No.11
今日は引き続き016竪穴住居跡の掘削が続いていました。

016の南側はかねてより範囲が見分けづらく、問題となっていましたが、

作業員さんの奮闘により、厚い厚い包含層を抜くことができ、

やっとのことで住居の上面にたどり着けました。

ホッとした瞬間でした。

さて、今日は調査とは少し違うところでうれしい出来事が。

ボランティアの方が昨日1名、今日になって3名おみえになり、

一緒に発掘していました。

そのなかのお一人が、趣味で土器作りをなさっているのですが、

なんと!

自作の土器を持ってきて見せてくださったのです。

画像はそれです。

モデルは笹山遺跡の「国宝 火焔型土器No.11」。

それと、左にあるものは先日ここで紹介したミニチュア土器です。

こちらは2個も作ってきてくださいました!(真ん中が本物)

どれも非常に精巧な作りです。

誰かが言いました

「縄文人を超えてる・・・」

確かに。

この感動はなんといえばいいのか、、言葉では言い表せません。

ちなみに、これらの土器は乾燥中とのことで、まだ未完成。

乾燥にはあとひと月ほどを要するそうです。

焼き上がったら、きっとまた新しい風合いが生まれることでしょう。

いったいどんな土器になるか、これまた楽しみです。

(2013年10月08日)

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火焔
今日は一日中、ばっちり晴れました。

「ばっちり」なんてもう古い言葉でしょうか。

ですが、なんて言い換えればいいのかわからないのが、、、悲しい。

さて、今日も引き続き各種遺構の掘削を行いました。

どの遺構もハッキリとしない検出状況で「フワフワした調査」をしていることは前に書きました。

その状況は現在もほとんど変わりません。

画像は016竪穴住居跡のトレンチの断面です。

上部に黄土色の地層が挟まっているのがお分かりでしょうか。

厚さは7センチくらいです。

なんだと思いますか。

このような堆積物は、笹山遺跡報告書でも触れられていて、「土石流」と表現されています。

この「土石流」は遺跡全体を覆うようなものではなく、大変局所的にみられます。

実際、016付近以外で同様の堆積物はこの3年間で一度も見たことがありません。

このような局所的な堆積物は場所間の地層対比を難しくします。

地層は考古学的発掘調査における生命線ですから、

このような堆積物の分かりにくさは、そのまま発掘調査の障害となるのです。

016の範囲はおおよそわかってきたところ。

まだまだ予断を許さない調査が続きそうです。

(2013年10月07日)

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笹山縄文カレッジ2013 市民向けプログラム
「笹山縄文探検団」(会長 樋口信一氏)とのコラボレーションで、発掘体験会を行いました。

とはいってもちゃんと講習を行ってからです。

みなさん、縄文探検団というだけあって、さすがです。

講習後のテストにめでたく全員合格。

発掘の資格を得て士気のあがる中、遺物を見学してから、いざ調査区へ。

今回の調査区は、現在調査している範囲の西側、

022竪穴住居跡のすぐそばです。

表土の下部をみんなで掘りました。

1時間くらいで30点あまりの土器や石器が出土しました。

成果は上々です。表土もあなどれません。

ただ、参加者の中には発掘に慣れた方もいらっしゃって、

「その程度」の成果ではご満足いただけなかったようで・・・

調査員も苦笑するしかありませんでした。

でも、発掘調査がどのようなものかを知っていただく機会にはなったのではないでしょうか。

最後はブルーシート張りと道具洗いまでやっていただきました。

大変おつかれさまでした。

ありがとうございました。

(2013年10月06日)

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016竪穴住居跡埋土上部
今日も016竪穴住居跡を絶賛掘削中でした。

昨日のミニチュア土器のすぐ横で、画像の土器の撮影を行いました。

矢羽状の沈線が美しい、例の土器です。

すぐそばで、折り重なるようにして別の土器が。

矢羽状沈線文の代わりに縄文を施したものです。

後者から前者へ変化したといわれていますが、さて、、どうでしょうか。

今日はボランティアの方1名と、お客様が何人もみえました。

なんと、かつて笹山遺跡の発掘を担当したあの人が親子でみえました。

調査区をご案内したら、喜んで居られたのでよかったです。

ミニチュア土器にはことのほか感動されていました。

曰く 「この作り・・・おもちゃではない」(キラーン)

・・・ははは。

失礼ながら逆にこちらから色々質問までさせていただきました。

すると、国宝ナンバーワンの周辺はまだ包含層が残っているという、大変重要な証言をいただきました。

収穫の多い一日でした。

(2013年10月04日)

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曇天休業
朝からザーザーと雨。

天気予報は悪くないようでしたが、

情報源によって異なる状況。

始めてから降ったら大変なので、現場は中止しました。

ところが出勤するころには雨は上がり、

結局夕方まで全く降りませんでした。

調査を若干急いでいるのでガックリです。

今日、発掘ボランティアの方が遠方より1名いらっしゃいましたが、とても気の毒・・・。

慰めになればと思い、企画を一つ提案。

先日、別のボランティアの方が発掘した土偶がまだコンテナに入ったままで、しかも洗ってない。

あの土偶を探してみようじゃないか!

というわけで勇んで倉庫へ。

ところが、

探せど探せど出てこない。

全然出てこない。

いったいどこへ消えたのか。

うーむ・・・すみませんでした。

反省しきりの一日でした。

(2013年10月03日)

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土製玩具
今日の天気はほぼ一日曇りで、発掘日和でした。

昨日に引き続き、016竪穴住居跡の掘削に集中しました。

西側の壁、床、柱穴は明らかになりました。

でも、期待をしていた南側は、床も壁もがはっきりせず。

状況はそれぞれ違いますが、

013や048などの竪穴住居跡もそれぞれ問題を抱えている状況。

どこもかしこもフワフワした調査を続けていて、不安と重圧のかかる日々です。

そんななか、嬉しい発見がひとつ。

016の埋土上部からミニチュア土器が出土しました。

画像がそれです。

指でつまんで持てるくらいの大きさです。

実にかわいい。

ところがよく見ると小さいのにしっかりした作りで、

口唇部には沈線、口縁部には突起、その直下に耳状把手、胴部には沈線文様。

この特徴はほぼ「塔ヶ崎類型群」のものです。

内部をみると、驚いたことに輪積みの痕跡が!

短く細い粘土紐を輪にして、それを何本も重ねて作られているのです。

極めて精巧に作られています。本格的です。

製作者は、土器作りをよく知っている人物に違いいない。

でも何のためにこれを・・・?

オコゲなどの付着物がみられませんし、

そもそもこんな小さな「土器」が容器などとして使えるわけがありません。

考えられる使い方・・・

 玩具(おもちゃ)

きっと、土器作りの達人が愛する子供たちのために作ったのではないでしょうか。

うちの整理作業員さんたちにこれを見せたところ

「か〜〜わ〜〜い〜〜〜!!(はあと)」

と大絶賛でした。

縄文人もきっと同じように思ったのではないでしょうか。

(2013年10月02日)

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ベルトの中に食い込んでいる土器
今日は016竪穴住居跡のサブトレンチを集中的に掘削しました。

でもサブトレンチ内には1個体の土器が大きく顔を見せており、

これがベルトにだいぶ食い込んでいるようでした。

作業員さんに掘っていただくと、

やっぱりといいますか、

かなり大きな土器だということが判明しました。

土器の広がりを確認する作業だけで2日間以上かかりました。

その後、写真撮影をして、取り上げました。

この土器は、東北の大木8b式土器に並行する時期のものと思われます。

直線や曲線を描く沈線と沈線との間に、綾杉状の沈線を描くものです。

火焔土器と並行するかどうか、議論になっているスタイルです。

口縁部と胴部がともにかなり大きいようでしたが、残念なことに底部を欠いているようでした。

洗浄、接合、復元の対象になるでしょう。

皆さんに早く見ていただきたいですが、

12月の速報展に間に合うかどうか・・・微妙かもしれません。

(2013年10月01日)

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